企業勤務経験のある教師にインタビュー
多様な専門性や背景を持つ人材を教師として迎えることは、絶えず変化していく学校や社会のニーズに柔軟に対応することや、子供への教育の充実にもつながると考えられます。
現在、中央教育審議会においても、社会人等の登用促進を含む教師の養成・採用・研修等について検討が進められています。
実際に大学卒業後、民間企業での仕事を経て教職に就かれた教師は、民間経験をどう活かしているのでしょうか?
今回は、地域と連携し、社会との繋がりを生かした探究型教育を推進されている下関商業高等学校教頭の松嶋渉先生をインタビューしました。
下関商業高等学校教頭 松嶋 渉(まつしま わたる)先生 プロフィール 大学卒業後、民間企業2社を経て、平成13年4月に山口県立高校教師となる。徳山商業高校勤務時に、ICT関係や地域連携の取組を行う先輩教師と出会い、商店街等と連携したWebページ作成などPBLの実践経験を積む。その後、平成20年から9年間、山口県立萩商工高等学校情報デザイン科にて、ICTと地域人材を取り入れた地域連携に従事。平成23年からは地域活性化を目的とした有志団体「萩LOVE」と連携した「萩LOVEハイスクール」を実施している。平成27年度「全国高等学校デザイン選手権大会」出場。文部科学大臣優秀教職員表彰(平成28年度・地域連携)。経済産業省「未来の教室」教育コーチ(令和2・3年度)。
松嶋先生は、民間企業ではどのような仕事をされていたのでしょうか?
また、民間企業に就職された後に教師を目指されたきっかけについて教えてください。
映画の配給会社や教育系出版社で働いていました。大学生のときに教職課程を履修し、商業の教員免許状を取得していたのですが、実は当時から映画配給に関する仕事に非常に熱心に取り組んでいて、大学卒業後には映画配給会社で企画営業として働きました。 その後、教材などを作る出版社に転職し、同じく企画営業を担当していました。
その出版社に、塾のような勉強を教える施設が併設されていまして、そこで中学生に英語や数学を教える機会があったのです。生徒と直接触れ合って教える仕事がとても楽しくて、教材を作り販売するより、教える仕事がやりたい自分に気が付きました。そこで一念発起して、山口県立徳山商業高校(現、徳山商工高校)を振り出しに、教師としてスタートしたのが29歳の時でした。
民間企業から教師の世界に飛び込まれになって、最初の頃のお仕事はいかがでしたか。教師という仕事に対して考え方やイメージが変化したことはありますか。
まず感動したのは、仕事をする上で、売り上げやコストのことよりも、純粋に子供たちのことを考えられる、ということです。民間では、よいサービスを創り提供する上で、常に頭の片隅にお金を稼ぐこととの両立がありましたので、大きな違いでした。
また、最初のうちは、教師としてのあるべき自分像や、生徒との距離感がつかめず、試行錯誤をしました。でも、いわゆる先生らしくなくてもいいと、自然体で生徒と向き合うようになったところ、気軽に相談できるお兄さん的なナナメの関係が構築できたと思います。
そんな教師1年目の日々の中でも印象的だったのは、先輩教師の方々の、全ての生徒を取り残すことなく、深い愛情を注ぐ姿勢です。発達段階にある、様々な事情をもつ生徒にしっかり向き合い、励む姿勢をみて、深く尊敬しました。自分が高校生だった時は見えていなかった、先生側から見る学校というものが見えました。初めて勤務した学校でそのようなロールモデルに出会えたことは有難いことだと思います。当時の先生方とは今も親しく繋がっています。
教師として勤務するなかで、民間での勤務経験が生きているな、と感じたことがあれば教えてください。
商業高校の教師だったこともあり、授業でビジネスを教えていたのですが、リアルなビジネスの経験を話せたのはよかったです。また、初めて勤務した学校はキャリア教育にも力をいれている学校でしたが、転職も含め社会人経験を踏まえて生徒と向き合えた点もよかったです。現在も、民間企業とも連携しながら、一貫して生徒のキャリア教育に取り組んでいます。
他には、進路指導や実践的な学びの授業のために、学校外との交流や企業まわりをする業務があるのですが、私は、会社の企画営業で慣れていましたので、積極的にその業務を引き受けました。こうしたことについて、当時の勤務校の進路指導部長からお褒めいただいたのですが、教壇に立って教えるほうが未熟だったので、教える事以外でも役に立てたのが嬉しかったです。この経験から、新卒から教師として活躍する道、中途で教師になる道、どちらが良いということではなく、それぞれがお互いの経験、強みを生かし合うことが大事だと考えています。
実社会に開かれた探究学習を推進されていますが、いつ頃から取り組まれているのでしょうか。また、具体的な取り組みの例を御紹介いただけますか。
実は初めて勤務した高校では、既に2000年頃に、先輩教師が地域の商店街の経営者と生徒を繋げて、店のウェブサイトを制作するという活動 をしていらっしゃったんです。この初めて勤務した高校での経験を活かし、2008年に赴任した萩商工高校で、地域の人材との協働を軸とする探究学習を実践しました。
具体的な授業内容としては、たとえば、地域の活性化を目指すボランティアグループと一緒に、萩市の観光スポットを紹介するウェブサイトのコンテンツ作りを行いました。そのほかにも、生徒自身が見つけてきた課題の解決策を考えてプレゼンするという授業では、生徒2~4人のグループに1人ずつ、地域の大人にアドバイザーとして参加してもらいました。公務員や会社員、陶芸家や心理カウンセラーなど、様々な職種の方がいますので、それぞれの専門知識を活かしていただけるのはもちろん、取材の申し込み方やプレゼン資料の作り方など、社会人としての基礎知識を教えていただけたりもします。
探究学習に取り組む生徒はどのような様子ですか。また、学習の効果をどのように感じていますか。
教師から生徒へ一方的に説明するいわば受け身の学びに慣れている生徒たちは、最初は億劫そうにしているのですが、社会に直接触れて、課題を知るうちに、解決のために何が出来るかを自ら一生懸命考えはじめます。誰か一人がつまずいたらチームで助け合い、地域の大人の皆様からフィードバックをもらいます。さらに生徒たちは基礎知識ゼロのデザインやプログラミングについても専門家から学び、最終的にはウェブサイトを作ることが出来るようになります。こういった学びを通じて生徒たちは、主体性や、逆境や困難な状況においても回復するレジリエンス、チームで助け合い協働する力などが身につけていると思います。
学校以外のリソースを活用するからこそ学べることがあるのです。また、生徒は学校を卒業したら社会に出ていくのですから、学校の中だけで活動するのは不自然だという気持ちもあります。ですので、時代の流れに合わせて授業のかたちは変えていますが、学校内でしか通用しないアウトプットではなく、実社会にアウトプットする機会を生徒に提供する、ということは常に継続しています。
新しい授業の形を構築・継続する上で、どのようなことに苦労されましたか。また、ポイントだと思うことがあれば教えてください。
他の先生方や学校をどのように巻き込むかというのが課題の一つでしたが、一番効果的だったのは、まず授業を実践してみて、実際に生徒たちの変化を感じてもらうということでした。先生は基本的に、「子供たちのためになることをしたい」という考えで動いているので、小さなことでも、生徒の力が伸びている様子を見てもらうのが一番だと思います。
また、教師や学校だけで無理をしないで、地域のリソースを活用するというのもポイントかなと思います。地域には、「子供たちのためにできることがあるなら協力したい」「地域を支えるような人材が育ってほしい」 といった想いを持っている大人がいるものです。そういった方々とつながり、協働することで、取り組みを継続させられると思います。
最後に、他の教師や学校管理職の方へ、そして教師を目指す学生や社会人の方へ、メッセージをお願いします。
私と同じく日々子供たちに向き合う教師の皆様には、教師という仕事が抱える課題について、まずは現場から改善していくことが大切だと思うので、ぜひ横との連携を大切にしながら取り組んでいけたらと思います。
私の尊敬する管理職の方が、「マネジメント層はピラミッドの頂点ではなく、逆三角形の支点であるべき」とおっしゃっていました。教頭という職に就いた今、私も、他の先生を引っ張っていくというよりは、ビジョンを示しつつも後ろからサポートするような存在でありたいと考えています。
これから教師を目指す学生や社会人の皆様へ伝えたいのは、いま教育は、まさに100年に一度の大変革期であり、一番面白い時期ですよ、ということです。教育の中身も、教師の在り方も変わっています。そんなエキサイティングな環境の中で、一緒に教育の未来を作っていきませんか。お待ちしています。