個性を育む社会起業家と養護教諭の視点を取材。コロナ禍の子供に寄りそう、養護教諭の役割とは?
今回インタビューに御協力いただいたのは・・・
澤栄美さん
1958年生まれ。国立熊本病院附属看護学校卒業・熊本大学養護教諭特別別科修了。1981年4月より38年間、熊本県及び熊本市の養護教諭として小中学校に勤務。熊本市養護教諭会会長等の役職を歴任し、2019年3月定年退職。現在、熊本市市立学校養護教諭初任者研修指導講師。「平成25年文部科学大臣優秀教職員表彰」の他、教育、学校保健分野での表彰多数。
日本学校心理士会熊本支部副支部長、JKYBライフスキル教育研究会、日本協同教育学会所属。養護教諭一種・看護師免許と、公認心理師、学校心理士資格を有する。
『気になるあの子 気になるあのこと』など著書、共著、新聞・雑誌への連載多数。養護教諭の視点から子育てや学級経営へのヒントを執筆。
福本理恵さん
株式会社SPACE 創業者 代表取締役 最高情熱責任者 (CEO)
1981年、兵庫県姫路市生まれ。熱血教師の母の姿を見て、人の人生に影響を与える先生という職業に憧れて育つ。2006年、東京大学先端科学技術研究センターの交流研究員を経て、東京大学大学院博士課程に進学。自身の体調を崩したことをきっかけに日々の食の重要性を再確認し、2012年から「種から育てる子ども料理教室」を主宰する。2013年、東京大学先端科学技術研究センターに戻り、農と食から教科を学ぶ「Life Seed Labo」を立ち上げ。2014年12月、「異才発掘プロジェクトROCKET」を立ち上げてプロジェクトリーダーを務める。2020年8月にSPACEを創業。
はじめに、おふたりが今まで、そして現在、力をいれて取り組まれていることについて教えてください。
澤さん:38年間、主に小学校の養護教諭として勤めてきました。養護教諭の仕事の中でも、子供や保護者の心に寄りそって相談に乗る役割は大きく、心理の面に興味があり「学校心理士」の資格を取得しました。定年の2年前になって、思春期まっただなかの中学生の対応を経験したくて中学校に異動させてもらいました。かなりレアなケースだったと思います。退職後ますます心理への関心を深め、去年「公認心理士」の資格を取得したり、熊本市の市立学校養護教諭向けの初任者研修指導講師を務めたりしています。他にも、岐阜大学大学院教育学研究科で学び直したり、執筆活動をしたり、今日御一緒している福本さんの経済産業省「未来の教室」採択事業のお手伝いもしています。
福本さん:尖った興味やこだわりの強い子ども達が、既存の枠組みを外して自分の認知特性や凸凹を育てるための「異才発掘プロジェクトROCKET」に6年以上取り組んできました。去年からは、個性を磨いて飛び出す「ROCKET」のような学びの社会実装を目指して、地域のリソースと多様な大人との繋がりの中で好奇心や情熱を発揮できる個別最適化教育を提供する「SPACE」をスタートしています。先ほど澤先生が触れてくださった、経産省「未来の教室」の実証事業は3年目です。広島県の福山市立城東中学校のご協力のもと取り組んでいます。不登校や教室に入ることを躊躇う生徒のために「SPACE」と「学研プラス」による「探究学習による学習支援と学習計画の個別最適化オンライン探究プログラム実証事業」を展開し、毎年アップデートしてきました。3年目の今年度は家庭環境に問題を抱えている生徒への支援体制についても射程範囲を広げて、子どもや家庭を取り巻く組織、人との連携の中でチームとして支援をしていきます。また、コロナ禍でも学びを止めないという流れを受け、昨年度は環境省「国立・国定公園への誘客推進事業」の一環で三宅島でも初の試みとなる「教育×観光」オンオフのハイブリッドの探究プログラムなども企画し、興味に合わせて空間や時間を超えた学びを提供する個別最適な学びの環境づくりも様々に展開しています。
改めて養護教諭というお仕事について詳しく教えていただけますか?
澤さん:そもそも、養護教諭が何をしているかって、意外と知られていないですよね。「けがや病気をしたときに、保健室で対応してくれる先生」という印象が強いと思いますが、それだけではないんです。
平成20年の中教審答申資料によると、養護教諭の仕事は主に次の5つに分類されます。
1▪保健室経営
保健室は、救急処置をしたり、健康相談や保健指導をしたり、学校保健活動のセンター的な役割を果たしています。
2▪保健管理
主な業務は、健康診断に関することや健康観察、救急処置や疾病の管理、感染症予防への対応や、水質などを含めた環境衛生の管理などを行います。
3▪保健教育
養護教諭の専門性を生かして、学校行事(修学旅行や健康診断の前など)や特別活動(歯磨き指導など)等で指導を行います。また、教科でも、兼職発令で3年以上の勤務経験がある方は「保健」の授業が出来ます。
4▪健康相談
従来、健康相談は学校医や学校歯科医が行うものとされていましたが、学校保健安全法(平成21年)により養護教諭その他の職員も行うものとされました。ストレスや悩み、いじめ、不登校などメンタルヘルスに関することやアレルギー疾患など、心身の健康問題の対応のため、養護教諭が中心となって健康相談を行っています。また、児童生徒本人だけでなく、保護者への助言も行っています。
5▪保健組織活動
保健組織としては、職員の組織や児童生徒保健委員会や学校保健委員会(教職員や児童生徒、保護者、地域の関係機関の関係者などで、学校の健康問題を研究協議し健康づくりを推進する組織)などがあります。養護教諭は専門的な立場から積極的に企画や運営にかかわっています。
その他、学校保健計画を立てたり、校内研修等を企画・運営したりするなどの仕事もありますが、主に上記の5つが養護教諭の職務です。
なので、一般的に養護教諭の仕事としてイメージされているのは、1の業務の一部の救急処置でしかないのですね。実際にはかなり多忙です。とはいえ、なかなか見えにくいので、「暇なんでしょ?」と思われたりします。ただ一方で、暇そうに、余裕があるように見せないと子供たちが気軽に相談しにくいという特徴もあります…。
まさにマルチな役割を担う養護教諭ですが、特にどのような専門性や役割が求められていると思いますか?
澤さん:大枠決まっている職務はあるものの、時代や社会の要請によって、重きを置かれる内容や、端から見えたり期待されたりする内容が流動的で、専門性が見えづらいところがあるため、養護教諭が適切な評価を受けにくいという側面もあると思います。養護教諭に求められる仕事の特徴として、急病人やけが人、突然の相談など、とにかく急な案件が多く、また心と身体の両面から判断や対応をせねばならない複雑な仕事が多いということが挙げられると思います。自分の気持ちをコントロールしながら相手の感情に応える仕事を「感情労働」といいます。まさに養護教諭は「感情労働」に対応できる専門性も求められると思います。
福本さん:澤先生のような養護教諭のような先生がいらっしゃると、学校で居場所が見いだせる子ども達が増えるだろうなぁと感じながら聞いていました。
全校生徒にアンテナを向けて、ちょっと調子が悪い子どもにセンサーを働かせながら、多角的にケアする役割を果たしていると感じます。時代の要請も察知しつつ、担任の先生のお考えに合わせて役割分担をちょうどよい塩梅で調整されているのですよね。
そんな養護教諭の先生がスキルを発揮できて、マルチな活躍の場を広げていけることが、学校全体のウェルビーイングを上げる上で、とても大切なことだと思います。
澤さん:先ほどの中教審の答申には、養護教諭の役割について、次のような文章もあります。
「また、子どもの現代的な健康課題の対応に当たり、学級担任等、学校医、学校歯科医、学校薬剤師、スクールカウンセラーなど学校内における連携、また医療関係者や 福祉関係者など地域の関係機関との連携を推進することが必要となっている中、養護教諭はコーディネーターの役割を担う必要がある。」
心も身体も全体的に対応できるコーディネーター的な役割については、それまでの養護教諭の仕事ぶりから、必然的にその必要性が指摘されるようになったようです。中には保健室に来た児童生徒の対応をするのだけが仕事、と捉えている先生もいるかと思いますが、今は積極的に子供の心と身体を守るために総合的なコーディネーターとして働いている方が増えてきているなと感じます。
コロナ禍で養護教諭が果たしている、大切な役割は何でしょうか?
澤さん:学校の中で唯一、医学的な知識のある教諭なので、コロナ禍においては頼られますよね。今まさにコロナの感染対策において、中心的な立場で業務にあたっていると思います。
例えば、熊本市はオンライン授業にすぐ対応が出来たので、2021年9月1日から12日までオンラインと分散登校のハイブリッド体制なのですが、先生方はオンラインと対面の両方の授業の準備があるので、消毒などは養護教諭がサポートしています。また発熱した子供を受け入れるための第2保健室を設定する、健康観察の徹底、濃厚接触者が出た際の人権的配慮、最新の情報収集、報告書作成など、多岐に渡る役割を担っています。
学校での児童生徒の活動において、コロナ対策の視点から、特に留意すべきこと、奨励することを教えていただけますか?
澤さん:今、コロナで給食時間も黙々と食事しておしゃべりできないなど、ストレスの多い時代です。子供はストレスを言葉にできず溜めてしまうこともあり、身体に不調が出たりします。心を言葉に出せることは心身を守るうえで、実はとても大切なことです。言葉にできないと、暴力や暴言などの不適切な形で表してしまうこともあります。相談に乗ることで言語化のサポートができると良いですね。また、子供たちが自分の健康は自分で守る、という健康リテラシー教育に力をいれることも、養護教諭の役割だと思います。
また、リモート授業を行うことは感染対策上有効ですが、人との触れ合いが減るというデメリットもありますので、ただ授業だけを行うのではなく、オンラインでも、朝の会等で会話をするなどの工夫も大切だと思います。
おふたりから、養護教諭の先生へのメッセージお願いします。
澤さん:教員採用試験で、7倍〜10倍以上の難関をくぐって採用されている養護教諭の皆さん、どうか自信をもっていただきたいと思います。全国養護教諭連絡協議会の初代会長の言葉で「養護教諭は、心、身体、命の専門家である。」というコメントが忘れられません。その気概を持って取り組んでいただきたいです。そして、ケアだけをする人ではなく、教育職員として、教育という視点も持って、力をつけていっていただきたいな、と思います。
福本さん:心の状態が非常に大変な子どもたちが多いな、と学校現場や、学校を離れた子ども達を見ていても思います。家庭に居場所がない子どももいますし、学校でちょっとした気づきがあれば状況を好転できて、変われるチャンスがあります。今、学校全体がコロナ禍で大変な中、ますます多角的な視点で医療・福祉・教育が連携するニーズが社会的にも高まっていると思います。そしてその役割を学校内で担っておられるのが、養護教諭の先生だと思います。学校の中での心身の健康を支える核となって、子どもたちをぜひ受けとめていただけたらと思います。
今日は色々なお話をいただき、ありがとうございました。
~ #教師のバトン プロジェクト よりお知らせ~
前回の記事でインタビューにご協力いただいた、日本小児科学会指導医の坂本昌彦先生が責任者を務める「教えて!ドクター」プロジェクトにおいて、イラスト付きのわかりやすい資料「新型コロナウィルス感染症対策 子どもたちを支えるために」(PDF)が公開されました。
子どものワクチン接種について、子どもが感染した場合、等について、医療の見地から参考となる資料です。ぜひご覧ください。